政治地理研究部会 第5回研究会報告

琵琶湖の湖沼流域管理をめぐる環境政治

開催日 2013年7月20日(土)午後1時30分~午後4時
会場 滋賀大学大津サテライトプラザ
滋賀県大津市春日町1-5(JR大津駅前 平和堂アルプラザ大津5階)

<趣旨>
環境政治の政策決定において、地方行政では計画策定に住民参加の動向が反映されつつある。琵琶湖をめぐる湖沼流域管理について、滋賀県行政や関係行政機関における政策および計画の変遷を概観しつつ、政策決定プロセスへの住民参加の結果を踏まえ、琵琶湖の保全に対する住民の価値観についても分析する。

<研究発表>
琵琶湖をめぐる湖沼流域管理の変遷

<報告者>
平山奈央子(金沢大学)

まず,琵琶湖の環境変化やそれに関わる県の政策,住民運動(活動)について歴史的変遷を概観した。琵琶湖では1930年から上水の給水(大津市),42年から内湖干拓,69年から下水道供用,72年から(琵琶湖総合開発特別措置法に基づき)琵琶湖総合開発が始まった。77年の赤潮の大発生を受けて,せっけん会議が環境保全運動を開始し,それらの運動が影響して79年には富栄養化防止条例が制定された。その後,80年代後半から住民による琵琶湖の環境保全活動が活発化し,2000年には開発から保全のための琵琶湖総合保全整備計画が策定された。

本発表では,特に,「琵琶湖総合保全整備計画 マザーレイク21計画(以下,ML計画)」の再策定プロセスを研究対象とし,住民の湖に対する価値観を把握する手法,把握した価値観を政策決定の議論の場で活用する手法,様々な価値を持つ利害関係者の合意形成のための手法を紹介した。

ML計画は2000年に河川管理者である滋賀県によって策定された琵琶湖保全のための総合計画である。同計画は,「水質保全」「水源涵養」「自然的環境・景観保全」の3つの分野について2010年までを第1期,2020年までを第2期,2050年ごろをあるべき姿としてそれぞれ目標を設定し,そのための対策や施策を定めている。第2期計画の再策定に向けた検討が滋賀県および琵琶湖総合保全学術委員会によって2008年から開始された。

計画検討プロセスの一環として,滋賀県民の琵琶湖に対する価値観を把握するためのアンケート調査を,滋賀県政世論調査(N=3000)の一部として実施した。調査の結果,滋賀県民は水資源,生態系,景観,産業,生活文化の順に価値を置いていることが明らかになった。一方で,琵琶湖の環境に関する利害関係者(環境保全活動をする住民や事業者,農業者等)を対象として同様の調査を実施したところ(N=15),世論調査の結果とは異なり,水資源よりも生態系や景観に価値を置いていることが明らかとなった。

次に,先に述べた琵琶湖の環境に関する利害関係者15人を対象として琵琶湖の将来像を描くワークショップを全5回開催し,その議論の結果を専門家委員会で扱うための分析方法について紹介した。具体的には,ワークショップから得られた発言記録,アンケート結果など,全てのテキストデータを文章化し,それらをテキストマイニングすることで議論の中で話題の出現頻度などを可視化することができた。この手法により,ワークショップにおける議論の内容や結果を客観的に把握し,計画検討の際の貴重な資料になることが考えられる。

これらの研究では,計画策定段階での政策決定プロセスに住民の価値観を反映させるため手法を提案してきた。今後は,計画実施段階での行政と住民のコミュニケーション手法やコンフリクトの共有や議論の方法について研究をすすめる必要がある。


<質疑応答>

  • 問:琵琶湖の将来像を描くワークショップのメンバー構成はどうなっていたのか。
    答:ワークショップを設計する研究会で検討され,農業,漁業,林業,企業,NPOなど様々な属性,年齢や活動地域が分散するように配慮して選定された。
  • 問:漁業者の意見として,農業排水に対して不満をもっていたのではないか。それ以外を含め,ワークショップでは各職業の人の意見を反映させていたのか。
    答:選出された漁業者は漁業の代表者ではなく,漁業者個人としての意見を述べていた。農業に限らず環境保全による各分野への波及効果を期待されていた。
  • 問:水質の問題と渇水との関係についてはどうか。
    答:渇水による水質の変化の関係性については専門ではないのでわからない。ただ,水草やアオコは水質の変化として住民の印象に残りやすい。水質について議論する際,湖の変化を数値で語る研究者と地域の住民の身近な感覚をつなげるのは今後の課題である。
  • 問:流域協議会の活動について,なぜあまりうまく行かなかったのか。上流と下流の違いはどうか。活動のつながりはどうだったのか。
    答:流域協議会は,マザーレイク21計画を実現するための施策の一つとして,河川流域単位の取組を促進するために,滋賀県によって設立された。協議会そのものは(上下流の)複数の活動団体の集まりではなく,新たな住民活動団体を作ったことになる。また,各協議会が上下流すべての活動を網羅しているというわけではなく,上下流の活動や意識の違いによってうまくいかなかったということではないと思う.本来の趣旨である,マザーレイク21計画の施策と地域活動を具体的に結びつけられなかったことが,活動者の士気を高められず,活動を継続することができなかった協議会が多いのではないかと思う。
  • 問:湖岸景観の共同プロジェクトがかつてあり,問題関心は水質中心から景観や生態系へと移っていった。住民の関心も変わる。課題設定の変化に別の動機があったのか。
    答:地域の人の意見そのものが変わったのか,昔からあった様々な意見が表面化してきたのかはわからない。ただ,地域の人の「水がきれいだった」という言葉には「昔は湖と身近に接し,何も問題なかった(水質が良かった)」ということに置き換えられている,ということも考えられる。
  • 問:使える言葉が変わってくる水質の表現も変わってくるのではないか。昭和30年代の水質をほとんどの人は見ていない。ワークショップと世論調査の違いや,行政施策と住民運動の違いはどうなのか。水質の問題は解決に向かって動いているのに,湖や水の政策で水質にこだわる理由は何か。
    答:行政としては,琵琶湖に課せられている環境基準が達成できておらず,それを目指して施策をする。マザーレイク21計画は琵琶湖の総合保全計画であるが,湖沼水質特別措置法で指定されている湖の水質保全計画は水質保全のための計画があり,これに基づき施策が実施される。もちろん水質だけにこだわっているわけではないが,飲料水として使用しているため下流府県への責任として見ているところもあると思う.基準値を決めて,同じ項目で変化を見ることは大事であると思う。
  • 問:琵琶湖では目に見える生態系の変化はあったか。
    答:最近であれば,水草の繁茂状況などに変化が立ったと思う。
  • 問:第2期計画は評価すべきである。今年はラムサール条約20周年になる。全国の湿地で面積は琵琶湖が半分くらい。ただし滋賀県からはそのことを発信していない。記念事業もないので,不思議に思う。普及啓発の計画を作っているのか。価値観のギャップを埋める作業はあるのか。
    答:ギャップの違いは一般の人には認識されていないと思う。活動者や行政の間では,価値観を共有することが大事という議論はある。滋賀県は,個人の関心度の違いによって,公開する情報は提供しているのではないか。
  • 問:琵琶湖の環境教育において住民のマインド形成はどうなっているのか。
    答:様々な啓発活動はされているが,それが「マインド形成」と言えるかどうかはわからない。これまでの世論調査の中で,琵琶湖に関する施策に関する設問がある。琵琶湖の総合保全計画である,マザーレイク21計画の内容までよく知っている人は5%くらいで,内容を知らない人がほとんどである。今後,滋賀県はフォーラムやワークショップの場を通して情報提供や議論を進めていくことを準備している。ただし,一般住民には県からの情報よりも新聞等のメディアの方が触れやすいこともある。
  • 問:琵琶湖に対する意識は他の県よりも高いのではないか。水辺に関心を持つのは滋賀県の特徴ではないか。
    答:琵琶湖はシンボルとして意識されている。具体的な活動になると琵琶湖よりも身近な河川において,自治会や住民活動団体が関心を持って取り組んでいる。
  • 問:学校教育における環境教育は水中心だった。1980年代生まれからは実施されている。ただしゆとり教育が終わったため今後は減るかもしれない。未来の環境への意識は明るくない。
    答:学校教育の効果を考える時に,環境教育を受けた県内の卒業生が滋賀県にそのまま住み続けるわけではないと思う。せっけん運動のメンバーは県外出身者も多かった運動には中からと外からの視点が必要で,新住民の活動が運動の活発化に貢献することもある。
  • 問:滋賀県の選挙と関連して,環境計画における地域性はどうか。
    答:マザーレイク21計画を進めるために,1期目は地域単位で協議会を作った。今回(2期目)は地域と合わせてテーマ性も鑑み,重層的に進める予定である。

<司会所見>

第6回政治地理研究部会の報告者であるColin Flint氏による『地政学入門』にも環境政治の章があるように,環境問題が政治地理の継続的なテーマとなることは確実であろう。今回の報告者は環境科学の立場から琵琶湖の環境政策を論じたということになるが,質疑応答における地理学者と環境科学者の議論が政策,計画,行政,住民さらには調査方法という点で収束していたように隣接分野としての交流がますます期待できる。琵琶湖に限らず,日本あるいは世界各地における環境問題の論議に地理学者のさらなる参画が望まれる。

(参加者:17名、司会・記録:香川雄一)