政治地理研究部会 第27回研究会報告

境界をめぐる実践
―ボーダーコントロールとボーダーツーリズム

開催日 2019年4月13日(日)
会場 大阪市立大学文化交流センター大講義室
大阪市北区梅田1-2-2-600 大阪駅前第2ビル6階

<趣旨>
今回の研究会では,若手の国際政治学者二人を招き,境界研究の現代的視座について考えた。境界研究は,日本の地理学においてはほとんど研究されていないが,国際的な政治地理学研究において注目される分野である。二人の報告は,欧米と日本の異なる事例を通して,境界研究における二つの方向性を捉えられるものとなっている。境界を使った社会的相互作用の管理/制度のような,今まで問題視されてきた側面と,近年浮かび上っている,境界で区切られた空間そのものの不確定性に関する実践的アプローチである。

<発表者・発表要旨>
Governing migration through death: Bordering practices in the EU and the US(死を通して移住を統治する―EUと米国における境界化の実践―)
Vicki Squire(University of Warwick)

本日の報告は,2017年,European Journal of International Relationsに掲載された拙稿に基づいている。拙稿では,米墨国境と地中海の境界に関する調査をまとめた。この二つの境界地域は離れてはいるが,移動する人びとの死が日常的にみられる共通点がある。

拙稿では,二つの問いを立てた。一つ目は,現代の境界力学におけるルーチン/規範化(normalize)として,グローバル・ノースとグローバル・サウスの境界に集中する死をいかに捉えるかである。二つ目は,移民の統治において死が規範となる厄介な状況を変革するには,どのような可能性が存在するかである。

対象地域を紹介しよう。まず,地中海である。地中海には,15年ほど前から,リビアからイタリアのランペドゥーザ島などへと移動する人びとがいるが,この海は同時にかれらが死亡してきた場所でもある。地中海を渡る人びとに関連する調査では二つの研究プロジェクトに関わった。一つは様々な都市で行った200人以上の難民に関する聞き取り調査で,もう一つは,2015~17年に行った市民団体に関するインタビュー調査である。二つ目の対象地域は,米墨国境南西部にあるソノラ砂漠である。1994年の南西戦略政策以降,人びとは砂漠を渡るルートへ押し込まれ,非常に危険な環境を5~6日間歩く。私は2011~13年の間,砂漠を渡る人びとに水などを支援する人道主義的活動家と一緒に調査をした。

移住の旅において彼らは,死に直面し,またそれを経験する。このような身体的な暴力では,権力の動きのなかに「自然的」/物理的要素が取り入れられている。それらは海や砂漠,森などの地理的実体で構成され,移民をコントロールする権力として動員される。人びとは,身体に付着して苦しめる物理的諸力に投げ出される。私がここで示したいのは,物理的暴力によって「殺害」と「死ぬに任せる」ことの間の区別があいまいになっている点である。このような状況における暴力の物理性は,極端に言えば人びとへの殺害プロセスの一種として考えられている。

移民の死を通した統治プロセスの規範化を考えるための概念的なツールの一つとして,まずフーコーの生政治的(biopolitical)人種主義概念を取り上げたい。生政治は,生産的とみなされた人びとを「生きさせる」一方,非生産的に思われる人びとを「死ぬに任せる」ものである。もう一つのツールは,アガンベンの議論である。死政治的(thanatopolicitical)「駆動」という概念において,死政治は生政治の致死的な対照物で,主権権力に必須のものである。生政治は生を生きさせることと,死の致死的駆動で構成される。もう一つの概念的カテゴリーはアキーユ・ンベンべによる死に基づいた政治(necropolitics)である。これは「生きた死」への服従に関するものである。ンベンべは,生きた死をただ経験しながら,放置された全人口に関して述べている。これを廃棄可能な生の生産と理解するならば,不安定な状態において移住を強いられる人びとがいて,たびたびそうさせられる。さもなければ,彼らは自国で平等な機会を経験することなく「生きた死」を経験するからである。

EUと米国の境界実践を比較すると,ターゲットには差異があるが,共通する力学が存在する。第1に,境界警備の強化と軍事化が挙げられる。いずれの地域でも軍事的配置と,人びとの動きを追跡する境界警備メカニズムがルーチン化している。次に,人口監視の強化である。移民に対する指紋採取や監視,身分証明などがその例で,そのような監視は境界地域に限らず社会生活にまで拡散している。第3に,境界管理の外部化である。特にEUでは,人びとがEUに到達する前に地元の警察や行政と連携して,ヨーロッパへ出発すらできないようにしている。さらに,移民が発生する地域への投資,通過地域でのワークプログラムなどを設けて人びとを留めている。

最後の共通点は,人道主義と境界警備との連結である。これを考えるうえで,抑止アプローチ,つまり移民防止の企てはキーポイントとなる。抑止アプローチは以下の三つ,⑴死ぬに任せる生政治的運動,⑵殺害する死政治的駆動,そして⑶生きた死,つまり「廃棄可能な生」となる危険から亡命による死の回避までの政治的諸条件の区別をあいまいにしている。抑止が働かなくなると,人びとを移住ルートに置き去りにするという別の機会も生まれる。これらは必ずしも意図的ではなく,必ずしも偶発的でもないが,置き去りにすることと殺人,もしくは放置と殺害は強力につながっている。もう一つのキーポイントは,質的な差異より,量的な差異が重んじられることである。三つ目のポイントは,近年の変動である。EUにおける境界管理の外部化や米国における国境の壁,到着した人びとに対する封じ込めなどが挙げられる。

それでは,このような死の規範化をいかに捉えられるだろうか。EUの指導者は,このような死を止めたいし,移住の旅をより容易にするための別の肯定的な方法を探りたいと発言する。ならば,いかにしてこのような「殺人」が続くのか。別の角度から考えると,死が黙認されていると捉えることができる。

境界での死への黙認にはいくつかのナラティブが存在する。まず,否認のプロセスである。境界での死は,統治プロセスとは無関係に起こり得る不幸で悲劇的な,どうしようもない出来事としてみなされる。二つ目の方法は,有責性/有害性のずらしで,死は犠牲者の間違った判断の責任としてみなされる。三つ目は密航業者のせいにするもので,密航業者やそのネットワークが消えると問題解決につながるという物語である。最後に,代償である。責任は持たないが,凄まじい状況を認識することで否定的な事実を帳消しする,人道主義的応答の一種である。境界での死を促すパラダイムについては必ずしも異議申し立てをせず,遺憾を表すかそのような暴力に対する補償を行うのである。

具体例を紹介しよう。2013年10月3日,地中海のランペドゥーザ島から1マイル離れた海岸で沈没事故が起こった。初めての大惨事として全ヨーロッパを衝撃に陥れたこの事件に対して,イタリア政府は死亡者にイタリア市民権を付与することを提案した。これは実現しなかったが,死者への追悼日が設けられた。一方で,事故の生存者は追放され,葬式にも参加できなかった。なお,この事件はイタリア政府が地中海における捜索および救助活動(SAR)に活発に取り組むようになる重要な契機となって,マレ・ノストラム(Mare Nostrum)という人道主義的なSARのための海軍作戦が組織された。境界警備と人道主義との関係が一体として結びついているのである。

ここでみられる人道主義の限界は,境界での死の生産への黙認に対する代償的な応答である。私は人道主義に対する批判とともに,人道主義的境界もせめぎ合う場所というウィリアム・ウォルターズの主張に影響を受けている。人道主義は議論の余地が多いカテゴリーであり,私は,それを誰が人間として存在できないかをめぐるせめぎ合いだと定義したい。

一方で,連帯アクティビズムという形で人道主義をより批判的な用語として捉えることもできる。それは,物理的暴力の形をした,明らかにせめぎ合う権力の力学に基づいている。近年の連帯アクティビズムに対する犯罪化がその証拠である。当局は人道主義を掲げながら,管理下に置かれていない人道主義者を攻撃している。SAR目的のNGO船の差し押さえや密航の協力者として活動家を告発する例が実際に起こっている。

しかし,状況は完全に絶望的なわけではない。一部のSARでは市民的不服従を行っており,米国では近年,聖域都市運動が復活している。地域コミュニティや住民レベルの受け入れや歓待など,ローカル化された抵抗がみられ,統治実践のもたらす暴力に関する記録がますます進んでいる。これらの取り組みの根底にあるのは,人権侵害に対する異議申し立てであろう。

対馬・釜山ボーダーツーリズムの展開と境域社会の変容過程
花松泰倫(九州国際大学)

長崎の対馬は,韓国の釜山から49.5km離れ,福岡よりも釜山のほうが近い位置関係にある島である。それ故,釜山との非常に強い関係性を特色とする。人口約3万人のこの島/社会が,ボーダーをどのように活用して,それをどう使いこなして生き延びているかを考えたい。

日本におけるボーダーは,他国と向かい合う領域のほとんどが紛争地域となっているが,その例外が対馬と釜山の間である。対馬―釜山では,このような明瞭な国境線があるがゆえに,大勢の人びとが行き来している。境界研究でいう透過性(permeability)の高い状況である。

歴史的背景をみると,大陸と列島をつなぐ,ひと・もの・文化の通り道である一方で,近代的以前からの砦としての役割が窺える。現在も自衛隊が陸海軍揃って駐屯している,国防の最前線である。民俗学者の宮本常一が「中世がまだ残っている」と表現した対馬の南部は,このような歴史的な事情を背景とする。

一方,本報告で焦点を当てたいのは,対馬の交流の最前線としての役割である。今,韓国からボーダーツーリズムで,国境を越える観光客が大量に訪れている。江戸時代の朝鮮通信使のような交流の歴史を踏まえても,現在の状況は盛り上がりをみせている。どこに行っても韓国人でいっぱいで,日本人は歩いていないといっても過言ではない。その数は,2012年頃から急増し,年間41万人に上り,キャパシティを超える状況である。外国人入国者数の98~99%が韓国人で,日本全体の入国者数ランキングをみると二つの港を合わせて36万人,全国8位となっている。国際空港に次ぐ数値で,博多港より入国者が多い状況である。

このような状況は,過去にはなかった変化である。1980年代終わりに,対馬の漁業と林業の衰退に対する打開策として,人口350万人の大都市,釜山との交流案が浮かび上がった。島の人びとからアプローチし始め,1989年にはふるさと創生一億円事業で船を購入し,航路を開拓するに至る。これを機に,1999年に韓国の船舶会社が航路を作って定期便を開始したのが今の活況の発端である。所要時間は約1時間,料金も手頃な金額である。

韓国人観光客の大部分は自由観光客である。自然を求めてビーチで遊んだり,キャンプしたり,トレッキングやサイクリング,釣りなどをしている。日本人からすると特色がないが,韓国人から見れば都会の釜山とは違う風景があり,対岸から自分の国の風景を楽しむこともできる。半数以上が日帰りである。買い物はとても重要なファクターで,なかでも免税店での買い物は旅行の重要な目的となっている。現在は島内で10件以上の免税店があり,他にも,着物,生花,お茶などの日本的な文化体験も行われる。

なぜ韓国人にとって対馬に人気があるのかに関しては,色々な要因が挙げられる。ここで注目したいのは「期待される未知(expected unfamiliarity)」と「望まれる違い(desired difference)」という境界研究の概念である。対馬と釜山は文化的に似ているが,やっぱり違いがある。あまり激しい落差や好ましくないものでもなく,日常でもない「軽い違い」を手軽に楽しめる。その際に,この「軽い違い」を生み出す装置が国境である。どれだけ近いとしても,そこにボーダーがあって何かの差異を生み出しているからこそ,移動が生まれているのではないだろうか。

ボーダーツーリズムの目的には,大きくわけて4つのカテゴリーが存在する。まずは国境そのものをみたいという目的。二つ目は,それを実際に渡ってみるという非日常的な体験への熱狂としての楽しみ方がある。三つ目は,国境があることによって生まれる文化・政治・経済的差異である。その差異そのものが人びとの動きを促し,観光はその一つの形だと言える。四つ目は国境線の変動の歴史と,それに伴う現在の対岸とのつながりと断絶を探す旅である。現在の島における韓国人の観光は,おそらく三つ目の目的に当てはまると考えられる。

対馬では現在「バブル」と呼ばれるような活況をみせている。街を歩いたら韓国人を対象にしたハングル表記が多く目立ち,週末には行列ができ,受容しきれない状況となっている。それは,島経済がほとんど韓国人観光客に依存していることを示す。観光客の莫大な増加のなかで,少数でありながら,交流会などの観光客と地元住民との個人的な交流も生まれている。市レベルでは,国境マラソンというイベントが開催され,約1500人の参加者のうち3~4割は韓国人ランナーである。そのなかでかつては他者としか思えなかった韓国人との付き合いも始まっている。2017年には,朝鮮通信使が日韓共同のユネスコ世界記憶遺産に登録された。その背景には,対馬と釜山の文化人における厚い信頼関係があったという。このような状況は,ボーダーにおける脱領域化とも読み取れるのではないだろうか。

一方で,上記とは反対の傾向も存在する。以前からの在日コリアンや密漁,密航のイメージ,マナー問題などの心理的葛藤が存在し,韓国人を拒否する店も依然として存在する。ただし,店の反応は感情的で,政治的というよりは,今後の営業を考えての経済的選択に近い側面もある。現在の状況は,交流が盛んになればなるほど見えてくる良い/悪い面に関して,いかにして付き合っていくかが問われている。地域住民は,韓国人との接触に対して,交流から排除,洗練された住み分けまで,受容と排除が混じり合った感覚を経験している。韓国人への反応も島民個人,タイミング,あるいは接する相手に応じて変わるというジレンマを抱えながら韓国人と付き合っている。

近年では,このようなスタンスが,景観問題をめぐる葛藤にも反映されている。韓国語表示のみの看板が増えていく状況に関して,地元から問題が提起された。行政は積極的ではなく,地元のNPOが業者と話し合い,ガイドラインの作成を進めている。このような動きは,脱境界化(debordering)や再境界化(rebordering)だけでは説明できない。島の中でどのように共存を図るかという新しい線引き,つまり戦略的な新境界化(neobordering)の動きの事例として考えられる。完全な排除も,完全な受け入れでもなく,戦略的にそれを活用する。そこには,外国人観光客ではなく,隣人と向き合う姿勢が現れていて,対馬はそのような段階に到っているように思われる。

なお,観光以外にも,韓国から移住した業者もかなり増えている現状がある。移住者の受け入れは,観光客のそれとはまた異なる。コミュニティの中に受け入れる段階になった時に,どのような反応が起こるかに今後注目していきたい。

<質疑応答ならびに総合討論>
報告に次ぐ質疑応答では,主に対象地域の文脈に関する詳細な確認と応答が行われた。Squire氏の報告に対しては,日本とメキシコの文脈に関して意見が交わされた。日本の場合,ベトナムからのボートピープル以来,大勢の難民が日本に向かっているが,受け入れの数は極めて少なく,境界での死という観点が注目されることもない。しかし,それは起こっているし,そもそも境界では,カウントできない形の死が起こっている。メキシコの文脈にみられる移民キャラバンは,そのような物理的境界を克服するためのムーブメントとしての側面もあり,外部化を困難にする要因ともなっている。

花松氏の報告に対しては,地域の具体的な状況に関する質疑応答があった。その内容をまとめると,次のようになる。第1に,対馬での現在の状況は韓国からの一方向的な観光客の増加であること,次に,その根底には,実質的に国境警備の役割を担っている漁師の減少などの人口・産業的衰退があること,第3に,関連して,有人国境離島法の施行は,このような安全保障問題と境界=辺境地域の問題に関する対応であることである。なお,第1の状況と関係して,民族間境界とそれに対する地元住民,地域内部の違いが述べられ,総合討論でより深く議論された。

総合討論では,おおよそ三つのトピックに関して意見が交わされた。一つ目は,上記に取り上げた,境界において顕在化する民族間境界の問題である。境界地域での民族間葛藤は,ルワンダのように虐殺という前近代的出来事まで発展した例も現れている。対馬の文脈では,民族間境界をめぐって心理的葛藤が存在し,一部では,それが表面化した排除表現の例もみられた。それには,隣り合わせの関係で愛憎化が生じやすい側面もあり,シチズンシップ外部の観光客であるため,地域の文脈で容認されやすい側面もある。なお,排除の表象がますます合法化・制度化されている点も注目に値する。境界化と民族間境界の関係に関しては,今後より注意を払わないといけない。

二つ目のトピックは,境界地域における文化と言語の複数性がいかに経験されているかに関してであった。いずれの事例においても,言語をめぐるコンフリクトは目立たなかった。それよりは,文化を媒介できる仕組みが要求されている。言語的なバリア以前に,両事例が「見知らぬ人」の関係性しか持たず,住民が統治のスペクタクルに組み込まれてしまう場面も起こっていた。このように見知らぬ存在がローカルスケールで経験され,それに対して様々な反応が起こっている際には,ナショナルな観点が介入し,ローカルの複雑な文脈と葛藤を起こすこともある。ランペドゥーザでは,その差異が難民サービスを手放しているイタリア政府への抵抗感を通して,対馬では,韓国人観光客を問題視するテレビ報道に対する,韓国人と付き合いの深い住民の違和感を通して経験されていた。

最後のトピックでは,境界地域をめぐる諸現象をマテリアリティの観点からまとめ,今後の課題が示された。まず,民族間境界におけるマテリアリティとして,境界では他者との接触を通して人種化のプロセスが生じる。ただし,それは前述の通り,ローカルな文脈によって揺らぎがあった。それに対する自集団像の強化も,対馬の例からすると支配的ではなく,表象のズレのほうが目立っている。朝鮮通信使が対馬の人びとの一つのプライドとなっているが,このような表象は南部の中心に限定され,他の地域の文脈とは差異がある。次に,Squire氏の報告での,環境的力の身体への暴力との関係は,暴力のマテリアリティという側面から読み取ることができる。なお,その統治においては,身体そのもののデジタル化が用いられ,人道主義に関しても,植民地主義的な遺産が絡まったものとして,今後も批判的な土壌で議論されなければならない。その意味で,人種間のみならず,難民間での人道主義の重要性をも指摘する近年の研究動向は非常に興味深い。

なお,研究会開催に際して科研費(国際共同研究強化B)「東シナ海島嶼をめぐるトランスボーダー地政学の構築」(研究課題番号:18KK0029,研究代表者:山﨑孝史)を使用した。

(参加者:15名,司会:山﨑孝史,記録:全ウンフィ)