「占領と人権」パレスチナの長期占領―それが意味するものと私たちの課題
開催日 | 2015年3月1日(日)14:00~17:00 |
---|---|
会場 | 京都大学吉田南総合館西棟4階 共西41教室 |
共催 | 京都大学大学院人間・環境学研究科 岡真理研究室 大阪市立大学人権問題研究センター |
協力 | (特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)、市民社会フォーラム |
<情勢説明>
占領というテロル――反開発、スペィシオサイド、漸進的ジェノサイド
<発表者>
岡 真理(京都大学: 現代アラブ文学、パレスチナ問題)
<講演>
イスラエルによるパレスチナ長期占領―その意味と課題
“The Israeli Long Occupation of Palestinian Territory: Implications and Challenges”
<発表者>
ラーセム・ハマーイシー(ハイファ大学:地理学、地域計画)
本研究部会では、イスラエル市民権を持つパレスチナ人(イスラエル・アラブと呼ばれる)であり地理学者であるハマーイシー教授が、イスラエル/パレスチナの現状およびその歴史的・地理的文脈から導き出される数々のインプリケーションを説明したうえで、同教授が最善と考える解決策とその実現に向けた課題を提示した。なお、ハマーイシー教授の招聘は、大阪市立大学人権問題研究センター「平和と人権」プロジェクト(研究テーマ:軍事化と「占領空間」の再検討―沖縄とパレスチナからの照射)の一環として実施された。本研究部会は一般公開で開催され、ハマーイシー教授の講演に先立ち、岡教授による情勢説明が行われた。
岡教授は、日本に行きる我々がパレスチナで起こっている問題をどのように認識すべきかの枠組み、ハマーイシー教授の講演を理解するための歴史的文脈および基本情報を説明した。岡教授によれば、日本は自らをアジアにおける西洋と位置づけ、70年前にアジアに対する植民地主義的侵略を行い、その歴史・記憶を抑圧あるいは否認したうえにナショナル・ヒストリーを構築しているという点で、イスラエルとアジア大陸の東西両端の鏡像関係にある。沖縄の人々が沖縄の生活を営む一方で、米軍基地が存在し米兵による犯罪が日常化している状況は、ユダヤ人入植地が点在し、入植者やイスラエル兵による犯罪が日常化しているヨルダン川西岸地区(以下、西岸地区)と比較可能であり、アイヌが不可視的存在になっている北海道は、パレスチナの記憶が不可視化されているイスラエル本体と比較可能である。
2014年夏、ガザ地区はイスラエル軍から50日間にわたる軍事攻撃を受けた。これは直近6年間で三度目の大規模攻撃であり、投下された爆薬の量でヒロシマ型原爆を上回る爆撃が行われ、2000人を超えるパレスチナ人の死者を出した。このような大規模軍事攻撃は「芝刈り」と呼ばれ、日本を含む世界各国のマスメディアが取り上げる。しかし、ガザ地区は8年間にわたり封鎖され、散発的攻撃は日常的に起こりそのたびに死傷者が出ているが、報道されない。岡教授は、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングの用語を用い、ガザ地区の封鎖は構造的暴力であると規定する。2014年3月にガザ地区を訪問視察した自身の経験から、ガザ地区の漁業・農業・下水処理の問題を例として挙げ、ガザ地区の貧困は人工的に作り出されているものであり、パレスチナ人の生、健康、家庭、社会を内側から破壊する構造的暴力であるとする。また、物理的暴力のみを問題視するマスメディアの在り方、物理的暴力や構造的暴力を是認する国際社会、一般市民の無関心は、文化的暴力といえる。
このようなイスラエルによるパレスチナ占領のあり方を、ユダヤ系米国人の経済学者であるサラ・ロイは「反開発(dedevelopment)」と呼ぶ。1967年以降、イスラエルは西岸・ガザ地区の地場産業を破壊し、パレスチナ人はイスラエルに出稼ぎに行き、占領者社会を底辺で支える廉価な労働力のプールとなっている。2003年にイスラエル軍の戦車により轢死した米国人平和活動家レイチェル・コリーは、人が大量に殺されるわけではないが、人が人間らしく生きる条件を圧殺していくものとして、イスラエルによる占領を「狡猾なジェノサイド」と呼んだ。レバノン在住で難民2世であるパレスチナ人社会学者のサリ・ハナフィは、占領はスペース(人が人間として生きるあらゆる条件のメタファー)を殺すことによってパレスチナ人が人間らしく生きる可能性を奪うものとして、「スペイシオサイド」と呼ぶ。さらに、イスラエル人歴史学者で現在は英国エクセター大学で教鞭をとるイラン・パペは、パレスチナで起きていることは1948年から、あるいはそれに先立つ民族浄化から考える必要があり、70年かけて徐々に進んできた「漸進的ジェノサイド」として理解すべきであると主張する。上記の数々の認識枠組みを紹介したうえで、岡教授は、封鎖は「殺戮なきジェノサイド」であり、組織的・計画的な占領政策の下で基本的人権を奪われている何百万人ものパレスチナ人の状況を放置する文化的暴力の野蛮さを我々はもっと考慮すべきであると主張した。
続くハマーイシー教授の講演では、地理学的視点から、分離壁の分析および特殊な占領地としての東エルサレムの現状分析とそれらから導かれる将来の展望が提示された。はじめに同教授は、現代においては国家内での暴力や紛争が多発しているが、パレスチナ/イスラエル紛争は国家間紛争であるとの認識が必要であると主張した。それは、イスラエルはユダヤ人が人口の多数派を占める「ユダヤ人国家」としての存続を目指し、パレスチナ人はパレスチナ人の国民国家(nation-state)樹立を模索しているからである。
1917年には歴史的パレスチナの土地のほぼ100パーセントをパレスチナ人が所有していたが、イスラエルのコントロールマトリックスによって、1995年には同地域においてパレスチナ人が所有する土地は10パーセント程度に減少した。コントロールマトリックスとは、パレスチナ人の土地の接収、ユダヤ人入植地の建設・拡大、人口管理、パレスチナ人の移動のコントロールである。1947-49年の戦争時に約85万人のパレスチナ人が居住地を追われ、イスラエル建国後は立法によってコントロールが行われている。第一にイスラエル国内では、1948-66年に軍事政権によってパレスチナ人に対する圧政が行われ、法令や軍事命令の適用によりパレスチナ人の土地の接収が進められた。同時に、ユダヤ人移民の流入とパレスチナ人の追放も進められた。第二に、1967年に東エルサレムを含む西岸・ガザ地区がイスラエル占領下に置かれ、それ以降、土地接収と入植地建設が進められている。現在、西岸地区には150以上の入植地があり50万人以上のユダヤ人入植者(西岸人口の15%を占める)が住んでいる。人口と人口分布は重要であり、イスラエルは領土拡大とパレスチナ人地域分断の道具としてこれらを用いている。2002年以降建設が進められている分離壁について、イスラエルは建設の理由を「セキュリティのため」と主張しているが、実際には1967年境界線を西岸地区側に大きく超えたルートに建設されており、パレスチナ人地域同士を分断して開発を制限している。イスラエルとパレスチナの境界線は国際的にはいまだ係争中であるが、分離壁建設は一方的に将来の境界線を決定するものとなる可能性がある。
1993年の暫定自治政府原則の宣言(通称、オスロ合意)では、1999年にパレスチナ国家樹立が想定されていたが、20年以上経った現在もそれは実らず、イスラエルは入植地の建設・拡大を続けている。オスロ合意によって西岸地区はA・B・C地区に分割され、パレスチナ自治政府はB地区の民生とA地区でのみ統治権限が認められ、180以上の農村を含む西岸地区の約60パーセントの地域がC地区として完全にイスラエル支配下に置かれている。イスラエルの一部の宗教的政党がC地区の入植地をイスラエルに併合することを要求しており、3月17日に実施される総選挙の争点のひとつとなっている。
さらに、西岸地区にはユダヤ人専用バイパス道路が建設され、一方でパレスチナ人に対しては無数の一時的・永続的な検問所によって移動が制限されている。また、グリーンエリアと呼ばれる国有地や自然保護地域としてイスラエルが指定した地域も、パレスチナ人地域を分断、移動を制限し、ユダヤ人地域を拡大するために用いられている。このように領土の連続性が完全に奪われている状況では、パレスチナ国家の樹立は困難である。
次に東エルサレムについて、1967年戦争後、イスラエルは「より多くの土地とより少ないパレスチナ人の併合」をスローガンに、7千ドゥナム(7エーカー)、28のパレスチナ人の村を東エルサレムとして併合した。それ以降、イスラエル政府およびエルサレム市は、民主主義システムで制定された法制度、特に都市開発や地域計画の制度を用いて、占領の既成事実作りを進めている。第一に、東エルサレムの多くの土地をグリーンリアに指定することによって、パレスチナ人コミュニティの発展を妨害している。第二に、建設許可制度を領土と人口のコントロールの方策として用いている。第三に、エルサレム周辺に二重の円を描くように入植地を建設し、パレスチナ人地域の地理的連続性を妨げると同時に、ユダヤ人人口を増加させている。内側の円はエルサレムと西岸地区を、外側の円は西岸地区の北部と南部を分断している。
1996年に導入された「生活の中心政策」と2002年以降の分離壁建設によって、新たな問題が生じている。「生活の中心政策」とは、イスラエル居住権を有する東エルサレム在住パレスチナ人が、7年以上(実際には3年以上)東エルサレムあるいはイスラエル以外の国・地域に居住した場合、居住権を剥奪する政策である。1967年以降、東エルサレムで建設許可を得られず新たな住居を建設できない多くのパレスチナ人が、イスラエル居住権を保有したまま、安価に住居を入手できる西岸地区に移住した。1996年の「生活の中心政策」の導入により、居住権剥奪を恐れるパレスチナ人の一部が東エルサレム内に再移住し、人口密度増加や居住状況の悪化という社会的な問題を生み出していた。2002年以降の分離壁建設は、そのような人口流入と住環境の悪化に拍車をかけている。
分離壁をさらに分析すると、西岸地区の入植地をイスラエル側に取り込み、パレスチナ人地域(東エルサレムの一部を含む)を排除するような複雑なルート上に建設されている。分離壁は、イスラエル人とパレスチナ人ではなく、東エルサレムと西岸地区、西岸地区内のパレスチナ人地域同士を分断するものである。
このようにイスラエルの占領政策は、ハードとソフトのコントロールマトリックスを用いており、パレスチナ人の地域と人口を分断する一方で、ユダヤ人地域を拡大して人口を送り込んだ後に併合することを通して、ユダヤ人国家とパレスチナ国家が共存する二国家解決案の実現をますます困難にしている。
<質疑応答>
- 問:イスラエルが西岸地区でユダヤ人入植地建設・拡大という既成事実を作り続け、二国家解決案が困難となっていく中で、どのような解決策が理想的なものとして考えうるか。
答:イスラエル・ユダヤ人の多くが、占領地でのユダヤ人入植地建設・拡大はイスラエルの国益に反すると気付き始めている。地理的連続性を伴ったパレスチナ国家の独立は、パレスチナ人だけでなくイスラエルの国益にかなうものである。歴史的パレスチナ(英国委任統治領パレスチナの領域)の人口は、ユダヤ人よりパレスチナ人の増加率が高く、いずれ人口比はパレスチナ人優位となり、ユダヤ人が多数派である状態を維持することは難しい。一つのバイナショナル国家、アパルトヘイト国家という解決案も存在するが、いずれも紛争を継続させ、中東情勢をますます悪化させるであろう。次世代以降も存続可能な妥協案として、地域を分断して二国家が共存する案が最善である。 - 問:国連総会で一部諸国がパレスチナを独立国家として承認し、パレスチナ国家のICC(国際刑事裁判所)への加盟が承認されたが、これらは今後、パレスチナ/イスラエル紛争にどのような影響を与えうるか。
答:アカデミズムの立場から回答するならば、ICCという国際機関は、イスラエルが強大な影響力をもって決定や方向性をコントロールできる可能性がゼロではない。パレスチナ自治政府は、イスラエルとパレスチナの力の非対称性を認識したうえで、パレスチナのICC加盟による影響をよく考慮しなければならない。 - 問:イスラエルの占領政策は国際法および国連安保理決議違反であることは明白であるが、国連はそれを黙認し、イスラエルは占領の既成事実作りを重ね続けている。その中でハマーイシー教授が唱える二国家解決策では、どこに境界線を引き、追放された人々(難民、国内避難民)の問題をどのように解決するのか。
答:パレスチナ/イスラエル紛争の解決策とは、何が良いかを選択するものではなく、「悪い」と「さらに悪い」の間の選択であり、そこには考慮すべき優先順位がある。第一に人権、第二に我々が自分の国の中に住み続けることである。力の非対称性を考慮するならば、パレスチナ人がイスラエルあるいは国際社会を動かすことは困難であるが、日本・米国・EU諸国等はそれが可能であり、それらの国々の積極的な関与を望む。 - 問:ハマーイシー教授の説明によれば、多くのイスラエル・ユダヤ人はパレスチナが独立して隣国になることを望んでいる。それでは、なぜ(対パレスチナ強硬派といわれる)リクード党の支持率が高く、左派政党の支持率は低いのか。
答:イスラエルのユダヤ人は、パレスチナとの紛争や地政学的視点だけでリクード党を支持しているのではない。ネタニヤフ首相(リクード党)は、バールイラン大学での講演で、二国家解決を支持すると述べたが、問題はパレスチナ側との妥協に強硬に反対する急進派である。 - 問:イスラエルの総人口の約20パーセントはパレスチナ人であるが、どのような差別や抑圧があるのか。
答:イスラエル・アラブは二級市民としての扱いを受けており、社会的な排除や差別、未承認村落(unrecognized villages)の問題等が存在する。一方で、イスラエル国内政治の中で、イスラエル・アラブは一定の役割を果たしており、2015年3月17日の選挙ではすべてのアラブ政党がひとつにまとまってアラブ系国会議員の増加を目指している。このようにイスラエルの国内政治システムを使って、郷土におけるアラブの権利拡大や差別排除に取り組んでいる。 - 問:日本を含む多くの国々でBDS(Boycott, Divestment, Sanctions)運動が展開しているが、他にも効果的な活動を行うために、パレスチナの若者がいま何を望みどのような活動をしているのか教えてほしい。
答:パレスチナ人の機関や政治制度を作り、ときにはイスラエル人と協力し、ときには独自に活動し、経済発展を目指すとともに、パレスチナ人社会の構築に取り組んでいる。しかし、繁栄したパレスチナ国家樹立への障害はイスラエルの占領である。イスラエル・アラブである私の役割は、私の国(イスラエル)と私の人々(パレスチナ人)との橋渡しをすることである。イスラエルはイスラエル・アラブを二級市民として差別するが、私たちは戦い続けなければならない。
<司会所見>
パレスチナ問題あるいはパレスチナ/イスラエル紛争を論じる際、西岸・ガザ地区およびそこに住むパレスチナ人の問題が注目され、イスラエル・アラブ、難民、ディアスポラ・パレスチナ人の問題が捨象される傾向がある。また、特にマスメディアは、イスラエルによる軍事攻撃、パレスチナ人による自爆攻撃やロケット弾発射等に注目し、占領の日常的実態を報ずることがない。そのような現状において、イスラエル・アラブであるハマーイシー教授を招聘し、歴史的パレスチナでのハード・ソフト両面におけるイスラエルの占領政策とその影響が議論されたことは、パレスチナの占領問題の理解を深めるために有意義であった。また、岡教授による情勢説明、認識枠組みの提供、日本とイスラエルの比較は、アカデミズムに従事する者だけでなく一般の聴衆にとっても、「占領とは何か」を自らの問題として考える契機を与えるものであった。
(出席者:73名、通訳:高松郷子、司会・記録:飛奈裕美)