地政学・政治地理学を学ぶ
開催日 | 2013年8月3日(土)午後2時~5時 |
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会場 | 大学コンソーシアム大阪 ルームE 大阪市北区梅田1-2-2-400 大阪駅前第2ビル4階 キャンパスポート大阪 |
共催 | 大阪市立大学地理学教室 |
後援 | 大阪市立大学文学研究科インターナショナルスクール日常化プログラム |
<講演>
Learning Geopolitics and Political Geography: How Geography Matters in Politics in this Globalizing World
<報告者>
Colin Flint (Utah State University, USA)
2013年8月4日から9日にかけて開催された国際地理学連合京都地域会議において、政治地理委員会による12のセッション(発表40件)が開催され、盛況のうちに終わった。演者Flint氏もその発表者の一人で、司会者の長年の友人でもあることから、京都会議の前日に初学者を対象とする講演(通訳付き)を依頼した。48名という多くの参加者のほとんどが学部生・大学院生であった。講演の概要は以下の通りである。
本講演のもとになった著書『地政学入門』(翻訳刊行予定)の執筆目的は、どのように紛争が空間や地理をつくりだし、地理的環境によって形成されるかを理解することである。そのために「場所」、「スケール」、「構造と行為主体」という概念について説明したい。
まず「場所」とは人々の日常生活を取り巻く環境であり、固有性をもち他の場所と相互依存関係にある。地理学者アグニューは場所をロケーション(世界における場所の機能)、ロカール(場所での事象を組織する制度)、場所の感覚(場所に結びつくアイデンティティ)という三つの様相からとらえ、同じくマッシーは場所を社会的・歴史的に構築された可変的なもので他の場所と結びついていると定義した。つまり特定の場所に発生する政治事象はグローバルな地政学的文脈とローカルな日常や感情、そして他の場所とのかかわりにおいて発生するとみることができる。
ここで「スケール」という概念が重要になる。地理的スケールは行為や管轄(権威)の範囲を定義し制限する。地理学者テイラーはスケールをグローバル(現実)、国民国家(イデオロギー)、地方(経験)の三つの階層に区分し、これらスケールの重層性から政治事象の発生を説明しようとした。この枠組みの意味は、個々人の故郷がどのように各層のスケールと関わりあっているかを考えれば理解できる。また、スケールは政治的戦略にも活用される。公民権運動などの連帯の広域化がその例である。
最後の概念は「構造と行為主体」である「行為主体」とは特定の目的を達成しようとする個人もしくは集団で、大学生は学位取得を目的とする行為主体である。行為主体には反乱軍や国家なども含まれる。こうした主体の行為には制約が加わる。これを「構造」という。構造は賦課される規則や規範であって、何ができてできないか、何をすべきですべきでないかを部分的に決定する。構造と行為主体との関係において、行為主体は構造の中で行為し、構造は主体の行為を可能にもすれば制約もする。そして構造は同時に行為主体でもあり、その逆も成り立つ。地政学的な枠組みでこうした行為主体を考えると、個人、世帯、近隣、都市、社会運動、政党、軍隊、エスニック・宗教集団、国家といった多様な主体を考えることができる。
つまり、これらの概念を用いて、本書は学生が世界で発生している政治事象の複雑性を理解する手助けになることを目的としている。言い換えると、特定の場所で起こる政治事象を重層的なスケールの間で交錯する力学からとらえ、構造と行為主体との関係から理解する視角が地政学研究に求められるといえる。そういう視角を持てば、特定の国家の行為を単純に敵視するのではなく、異なった文脈における行為として共感をもって理解することも可能となろう。
<質疑応答>
講演後、概念に関する質疑応答ののち、自由討論に入った。以下はその概要である。
- 問:第一章に場所とパレスチナ人アイデンティティの話が挿入されているが、この両者はどう結び付くのか。
答:この挿話は個人が暴力の行使される場所でどう行為し生きていくかを示している。場所の性質ともに、暴力の場所を「経験」することでその人物がどういうアイデンティティを構築していくかも示している。 - 問:スケールについて大きな枠組みで物事を見ることの重要性はわかるが、そうすると個々の事例の意味が把握できなくなるのではないか。
答:地理学には小さいスケールを見て、物事の複雑性を理解したがる傾向がある。自分はその流れに逆らって大きいスケールでも物事を見ようとしている。大きいスケールだけで見れば、個々の行為の意味をとらえ損ねることがありうるが、グローバルないしリージョナルな文脈の中にも行為を位置づけることで、もっと包括的な理解につながると考える。 - 問:政治的戦略としてのスケールという考え方について、最近琉球独立論を唱える学会が琉球出身者だけが入会できる形で発足したが、これはスケールの戦略としてどう評価できるか。
答:問題の背景をしらないが、興味深いケースだと思う。英国の都市地理学者を中心に議論される「リスケーリング」の事例ではないか。普通は弱い側が広いスケールを目指すが、この場合国家の側と分離独立する側のどちらが弱い(強い)のかわかりにくい。とりわけ学会員から非琉球出身者を排除するやり方が、どうスケール間の関係を変化させるのか興味深いが、独立運動は閉鎖的なスケールを構築する危険性もある。 - 問:行為主体の複雑性を理解するということだが、英米の地理学ではこの複雑性をどのように説明しようとしているのか。
答:英米の地理学はフェミニズムやポストコロニアリズム(人種的アイデンティティなど)の思想に強く影響されており、国家のジェンダー的性質や人種的性質というレンズを通して、行為主体の複雑性を理論的に理解しようとしている。 - 問:政治地理学と地政学とはどう違うのか。
答:結論からいうと両者の違いはほとんどないと考える。19世紀から20世紀にかけて登場した地政学は国家の行為(英国の帝国主義やドイツの拡張主義)を正当化する学問というよりも「言い訳」として発展した。しかし戦後に地政学は解体され、政治地理学として近隣紛争や選挙地理学の研究が盛んになった。1980年代から90年代にかけて、地政学というタームがフェミニスト地政学や批判(ポストモダン)地政学として復活した。今や政治はあらゆるスケールであらゆる行為主体によって展開しており、政治はマルチスケールの現象である。つまりすべてのスケールに政治地理があり、地政学があると言え、両者の間に差異はなくなっている。 - 問:しかし、橋下大阪市長のようにスケールを戦略的に活用して政治を進めているケースがあり、それを地政学として区別できるのではないか。
答:私も支持するフェミニスト地政学の立場から言えば、地政学はもはや国家や国際関係のスケールだけで展開する現象ではなく、スケールの差異だけで両者を区別することはできなくなっている。しかし、選挙地理学などの分野は国際関係を扱うわけではないので、それを地政学ではなく政治地理学と呼ぶことはありうるだろう。
<司会所見>
Flint氏の講演は初学者に英米の政治地理学のごく基本的な概念と理論的視角について説明するものであったので、聴衆にも理解しやすかったと判断できる。また、今回は司会者の後期担当科目の受講予定者に出席を勧奨したため、その多くは事前に課題文献を読み、講演に臨んだ。加えて、通訳を活用したため、質疑応答は活発に行われた。仮に理解しにくい部分があったとしても後期の授業で再確認が可能になる。このような工夫のない、ルーティーン型の研究会を開催すると出席者は僅少になるのが最近の傾向である。地理学や人文地理学会の持続的発展を鑑みると、底辺を広げるための企画の重要性を改めて認識させる研究会であった。
(参加者:48名、司会・通訳・記録:山﨑孝史)