政治地理研究部会 第7回研究会(部会アワー)報告

地政学・政治地理学を学ぶ(その2)

開催日 2013年11月9日(土)10:30-12:00
会場 大阪市立大学杉本キャンパス
〒558-8585 大阪市住吉区杉本3-3-138

<講演>
欧米地政学の最近の展開―フリント著『地政学入門』(仮題)を素材として―

<報告者>
高木彰彦(九州大学)

本報告はテーマを「地政学・政治地理学を学ぶ(その2)とし,8月3日に行われた第6回研究会に引き続いて, コーリン・フリント著(2011)『地政学入門 Introduction to Geopolitics』(第2版)を取り上げ,英語圏地政学の最近の特徴について報告した。

地政学は,スウェーデンの国家学者チェレーンによって,国家学の一分野(国家と領土に関する分野)として20世紀初頭に成立した。その後,ドイツでハウスホーファーらの地理学者によって興隆し,日本でも十五年戦争期に国策迎合的な運動として活発に展開されたが,敗戦とともに消滅し,戦後はネガティブタブーとされてきた。しかし,1980年前後に,地政学の世界的なブームが起き,日本でも地政学書の刊行が相次いだ。このブームは欧米では地政学の復活と形容され,地理学者による国際政治・経済への関心の高まりにつながったのに対して,日本では「悪の」という形容詞が強調された大衆向けのブームにとどまり,地理思想史的な関心を除けばアカデミズムにおける関心は高まらなかった。このあたりの理由として,発表時に読み上げた原書房社長成瀬雅人氏からのメッセージにも記されていたように,日本の出版界における左翼偏重的な傾向がある。

1990年代以降,グローバル化とともに地政学に対する関心はさらに高まり,欧米ではさまざまな地政学書が地理学者によって出版されるようになった。ここで紹介するコーリン・フリント(2011)『地政学入門』(第2版)は,序章を含めて10章から成る。「序章」では地政学とはどのような学問なのかについて分かりやすく説明した後地政学の簡単な歴史を紹介する。次いで「第1章 地政学を理解するための枠組み」では,場所・スケール・地域など地理学の基本概念と政治との関わりを述べる。「第2章 地政的行為:地政的コードという概念」では,地政的コード(対外政策を方向付ける体系)という概念を導入し,同盟国と敵対国への対処の仕方や米国のグローバルな地政的コードとそれに対抗する国や国以外の主体を取り上げている。「第3章 地政的行為の正当化:地政的行為の表象」では,地政的コードを国民に対して正当化すること,すなわち表象の議論がリーダーズダイジェスト,映画,米国大統領による一般教書演説などの事例を用いて説明されている。「第4章 地政学をナショナル・アイデンティティに埋め込む」では,地政的行為の実践と表象において不可欠な要素であるナショナル・アイデンティティとナショナリズムについて述べるとともに,ジェンダー的観点からの考察も試みている。「第5章 領域的地政学:世界政治地図の揺らぐ基礎?」では,領域と境界について扱っている。領域の構築や安全保障などを述べた後、国境紛争の事例としてパレスチナとイスラエルおよび朝鮮半島の富津の事例を紹介する。「第6章 ネットワーク地政学:社会運動とテロリスト」では,グローバル化に伴って国境を越える流動や移動に焦点をあて,具体的事例として社会運動やテロリズム,サイバー戦争などを取り上げて説明する。「第7章 グローバルな地政的構造:枠組みを形成する主体的行為」では,モデルスキーの世界的リーダーシップモデルを用いて、今日の米国が衰退段階にあることを主張するとともに,EUなどの行為者をこのモデルの中に位置づけ,このモデルの限界と可能性について検討している。「第8章 環境地政学:安全性と持続可能性」では,初版では扱われていなかった地球温暖化に代表される環境問題を人類の問題とし,環境安全保障が必要なことを主張している。「第9章 乱雑な地政学:作用と多様な構造」では地政学の複雑さと乱雑さが示される。ここでは武器としてのレイプを取り上げるとともに,ジャム・カシミール紛争やニューヨーク州軍の事例を用いて,本書の基本的枠組みである構造と主体的行為の相互作用を俯瞰しようとする。そして,主体的行為は構造により制約を与えられると同時に可能性をも与えられることが強調されている。

以上紹介したように,本書は構造化理論に依拠し,構造と主体的行為との相互作用として地政的行為を説明する点に他の地政学書にはない視点を有している。また,世界システム論にも依拠しており,グローバル・ナショナル・ローカルという多元的なスケールで対外政策を理解しようとするのも本書の特徴である。さらに,人文地理学の基本的概念との関係を踏まえた地政的行為の説明となっていることから、読者は地理学的方法論に基づいて地政学事象を学ぶことができる。ともすれば,リアルポリティークが強調されがちな日本の地政学において,本書は地理学というディシプリンに基礎を置く重厚な入門書である。


<質疑応答>

  • 質問1:1)地政的コードとはどのような意味か。2)国家権力をどのように考えるのか。国家に対するオルタナティブな視点で書かれているのか。
    報告者:地政的コードとは各国が対外政策においてもつ方向付けのようなもので,グローバルなものからローカルなものまで多様である。米国のようにグローバルな影響力をもつ地政的コードを有する国もある。そして,一国の地政的コードは空間スケールにおいて多様な方針を有する。二つ目の質問だが,行為者は国家に限定されない。社会運動やテロリストなど国家に対抗的な行為者も,後半部の章で描かれている。
  • 質問2:1)マッキンダーは自らのことを地政学者とは言わなかったが,地政学の創設者として位置づけられている。2)英語圏におけるgeopoliticsの位置づけはどうなっているのか。政治地理学とどのように異なるのか。
    報告者:英語のgeopoliticsはドイツ語のGeopolitikの訳語と考えている。ハウスホーファーがその著書で,地政学的思考は英語圏にもあり,その例としてマッキンダーやマハンを評価したため,それが英語圏に普及して,マッキンダーが英語圏における地政学の創設者として位置付けられるようになったのではないか。
    司会者:戦前の区別は難しい。ラッツェルの著作は地政学といってよい。フリントが政治地理・地政学を区別しないというは、フェミニスト・ジオポリティックスの影響,地政学が国家のスケールだけで考えられなくなっているからだ。日本だとちょっと歴史的文脈が違うので,「地政学」という日本の言い方をした場合の歴史的な意味づけというものを意識した使い方をしなければいけない。
    報告者:戦前には,地政学は歴史学・地理学・政治学の交わる部分に位置し,政治地理学が静態的であるのに対して地政学は動態的で政策指向という区別があった。また,今日でもラコストは対抗地政学という観点から,政治地理学と地政学とを区別していない。
  • 質問3:1)第6回研究会でも同様の質問をした。政治地理学と地政学の違いはどこにあるのか。何故このような形で翻訳書を出すのか。2)チェレーンの文献については,久武では1900年になっている。戦前に『生活形態としての国家』以前にスウェーデン語文献でGeopolitikを確認したとの記載あり。3)配布資料のFigure 1について,地政学的内容のものでもタイトルに地政学を冠していなければカウントしていないのか。
    報告者:1)3年前に対馬で開かれた国境フォーラムに参加したとき、ボランティアの学生から「地政学を勉強したいが、どんな本を読んだらいいのか」という質問を受けたことがきっかけである。こちらに書き下ろすだけの力量がないため次善の策として翻訳にした。米国と日本とでは出版事情やアカデミアの違いがある。2)後で確認する。司会者:3)について,この図で扱ったのは「地政学」をタイトルに含む書籍で、内容的には地政学的なものや「地政治学」は含んでいない。
  • 質問4:地政学と政治地理学との違いについて,国家や国内スケールの研究を地政学で扱うことは可能か。
    報告者:国内単独では扱いづらいかもしれないが,要は国内問題を扱う際にもグローバルな影響を考慮する必要があるということだ。
  • 質問5:コミュニティレベルの研究を想定している場合,地政学を考慮する必要はないのではないか。英語圏の地政学ではローカルといっても,実際には個人レベルのスケールは考慮していないのではないか。
    報告者:マイクロレベルでも国際政治の影響を常に考えなければならない。木を見て森を見ずではいけない。
  • 質問6:地政学を問題にする場合,やはり国家権力を中心に考えざるを得ないのではないか。その場合にオルタナティブな対抗という認識が本書にあるのか。
    報告者:テロリストのネットワークに関する記述は本書にあるし、尖閣問題など国家権力だけでは見えない、地元漁民の意向など考慮すべき観点がある。
    司会者:コミュニティ研究の場合,マクロスケールが不要というより方法論的な問題ではないか。事象がマルチスケールであれば、そう見ないのが問題。日本の場合,国家以上のスケールの視角を持った研究が決定的に欠落している。

<司会所見>
以上のように,終了時刻を30分ほど超過して活発な議論が行われた。最後に,司会者が,日本の政治地理学および人文地理学においては,国家以上のスケールへの視角が決定的に不足しており,今後,こうした国家以上のスケールを研究に積極的に取り組む必要があるとまとめた。
たまたま報告者は,同日午後の特別研究発表で,「経済のグローバル化と地理学」と題された特別研究発表を聴いたが,報告者の宮町良広氏も,日本の経済地理学に望まれることは国家以上のスケールの分析だと指摘されており,奇しくも同様な結論が得られたのは偶然とは言え興味深いものだったことを付記しておきたい。

(出席者:18名,司会者:山﨑孝史,記録:高崎章裕)