政治地理研究部会 第11回研究会(部会アワー)報告

神奈川県における海水浴場の健全化に向けた取組と地理的スケール―海の家の「クラブ化」問題を中心に―

開催日 2014年11月9日(日)15:45-17:15
会場 広島大学東広島キャンパス(K棟2階 K215教室)
〒739-8511 東広島市鏡山一丁目3番2号

<発表>
神奈川県における海水浴場の健全化に向けた取組と地理的スケール―海の家の「クラブ化」問題を中心に―

<発表者>
杉山和明(流通経済大学)

日本国内で最大の集客数を誇る海浜観光地として知られる湘南地域の海水浴場において,近年,海の家の「クラブ化」が問題視され,ダンスや音楽,飲酒などに関して事業者団体による自主規制や市町村条例の改正等による規制強化がみられた。

本報告では,海の家の「クラブ化」問題の発端から2014年秋期までの状況を新聞報道から概観し,様々な主題が,海水浴場という場所とそれを取り巻く特定地域の問題として生起していく過程を検討した。この過程には,①「ブルーツーリズムをめぐるコンフリクト」,②社会問題の構築過程と地理的スケールの関係性,③若者の問題化・悪魔視と監視・管理・統制,④公共空間における飲酒規制や受動喫煙問題の展開,⑤風営法によるダンス規制の問題点など,本報告のテーマとして掲げられている「監視社会と防犯」という問題圏と密接に関わる論点が内在している。

本報告では,2010年以降に発生した海水浴場における「クラブ化」問題の展開を,各種の出来事ならびに争点となっている課題の内容から,以下の三つの段階に区分して整理した。

まず,第一段階として,2010~2011年の状況を「クラブ化」にかかわる社会問題の発生期とみなした。2010年には,同年4月に施行された神奈川県受動喫煙防止条例に呼応して,「神奈川県海水浴場等に関する条例」の一部改正条例が施行され,県スケールでは全国で初めて海水浴場における指定場所以外での喫煙が禁止された。喫煙問題が解決に向かう一方,ライブハウス形態の海の家の増加により夜間騒音が問題化し,逗子海岸営業協同組合により禁酒・禁煙の立て看板が設置されている。

翌年には,東日本大震災の影響で,放射線不安や自粛ムードが広がり,さらには天候不順,大型台風などいくつもの条件が重なって,湘南地域の海水浴客数は記録的落ち込みをみせた。にもかかわらず,同年に施行された神奈川県暴力団排除条例によって三浦半島にある暴力団経営の海の家に対して勧告(全国初)が行われたり,逗子海岸営業協同組合が昨年の教訓で営業時間を短縮したりするなど,海水浴場の秩序維持のための対策が取られた。

第二段階として,2012~2013年の状況を「クラブ化」問題が進行し決定的な転換点となった期間ととらえた。2012年には,県スケールにおいて,神奈川県の海水浴場組合により暴力団排除の規約が整備されるとともに,海の家経営の暴力団組長に対して全国で初めて中止命令が下されている。湘南地域の海水浴客は震災の影響を乗り越え前年比2~3割増加し,藤沢市片瀬西浜では海の家の大音響が問題化した一方,逗子海水浴場では,イベント時の営業時間特例が廃止されたことで騒音苦情が激減したともに,海水浴数が近年最高となった。

翌年,神奈川県が海水浴場でのクラブ営業禁止を盛り込んだガイドラインを作成し各市町村に対応を求めたことが発端となり,決定的な転換が訪れる。藤沢市のみ市の要請によって組合が海水浴場における一切の音楽を禁止したため,本来ならば藤沢市に向かうはずだった客が大挙して鎌倉,逗子の海水浴場に流入し大混乱が生じることになったのである。

そして,第三段階として,2014年の状況を規制が拡大し問題が錯綜する混迷期とみなした。同年3月に,逗子市議会が改正条例可決したことで,逗子市長と逗子海岸営業協同組合とが対立し,組合が市を提訴する事態となった。同組合は自主ルールを策定しつつ市に歩み寄りを示してもいたが折り合いがつかず,議論は平行線をたどったまま逗子海水浴場で関東最初の海開きが行われ,「日本一厳しい条例」の効果が試されることとなり,結果的に風紀に関する問題の大半が解決されることとなった。

他方,鎌倉市ではマナー向上の「理念条例」施行することで対応したが,風紀の乱れは改善されず,葉山町でも町長がクラブイベントや入れ墨・タトゥーの露出などを禁止する方針を発表するものの,酩酊した大学生による不法侵入事件などが発生している。

鎌倉市の海水浴場では,22時までの営業,80デシベルまでの音楽が許容されていたのに対して,逗子市では,18時半までの営業,音楽一切禁止,浜辺での飲酒禁止であったことから,鎌倉と逗子のにぎわい方が対照的となったといえる。逗子市では「ファミリービーチ」の達成に賛意が寄せられたのに対して,鎌倉市では市議会で「入れ墨でコンビニ」「飲酒で事件」が問題視化された。県スケールでも,神奈川県の有識者会議「海岸利用に関するあり方検討会」が,県内統一的に砂浜での飲酒・入れ墨制限などを盛り込んだ最終報告書案をまとめることになった。

他方,全国スケールでは,警察庁有識者会議が新たなクラブ規制を盛り込む形で風営法の改正を提案する報告書をまとめ,クラブ営業の規制緩和を盛り込んだ改正風俗営業法案閣議決定(ダンス除外,終夜営業可能)がなされた。このことは,同時代的に進行した湘南地域や神戸市須磨海岸での「クラブ化」規制のあり方と表裏をなしている。

以上の展開過程から,本報告の要点をまとめると次のようになる。第一~三段階まで,様々な主題が地理的スケールを越えて交差し,海水浴場という場所とそれを取り巻く特定地域の問題として生起していることが示された。海水浴場という個別の場所の健全化と呼応する形で,喫煙規制,飲酒規制,ダンス規制と風営法改正(ダンス必修化も),暴力団排除条例の制定,迷惑防止条例の改正というより上位の枠組に関わる施策が同時進行しているといえる。

各段階において具体的な争点となっていたのは,喫煙,飲酒,アルコール,ドラッグ,クラブ営業,騒音,入れ墨,示威行為,暴力,落書,風紀,ゴミ,営業時間,自然災害リスク,若者(大学生),米兵,暴力団組員をいかにコントロールし,安全を確保しながら集客と賑わいを維持していくべきかという課題である。

多様な取組は,国際間,全国あるいは複数の都道府県,神奈川県全域,神奈川県内の複数の市町村,神奈川県内の個々の市町村を越えて相互作用していることが推察される。なかでも湘南地域内の自治体間における差異,とりわけ藤沢市,鎌倉市,逗子市,葉山町の取組の差異が社会問題化の進展に影響したと考えられる。


<質疑応答>

  • 問:サブタイトルの「クラブ化」の定義について教えていただきたい。
    答:行政も「クラブ化」を使用している。クラブの定義は,基本的にはDJがいて,踊らせるという,広い意味でのディスコの小さいものである。
  • 問:昔のクラブとこういったクラブは明確に区別されるということなのか。
    答:クラブはディスコの小さい版なので,音楽を細分化したものであるが,基本的には同じ流れである。ミラーボールがあったりするが,音がかなり外に漏れる。泡が噴き出る機材も使用してイベントを盛り上げる。
  • 問:たとえば,逗子だからここに人が来たというよりは,イベントの性質であるとか,出演アーティストが関係しているのか。
    答:キマグレンというアーティストを中心にライブイベントが開催され,そこで人が集まるようになり,ライブイベントの中で,クラブ的なイベントも行われるようになった。
  • 問:問題になる地域とならない地域の違いは,制度の問題なのか。
    答:もともと集客力があるということとアクセスが良いこと,ハコ貸しがしやすかったということ,湘南は色んな企業がお金を出して宣伝して,80年代からイベントをやる場所として定着していた。一番大きなのはクラブ化にあたっての爆音である。
  • 問:爆音が規制されたビーチには人が来なくなって,他の地域に若者たちが移動していくものなのか。
    答:2012年に藤沢の乱痴気騒ぎが起こり,それを2013年に辞めるということになり,そのウワサが一気に広がり,鎌倉,逗子へ流れた。
  • 問:そうなると地域性というよりは,法の抜け目を狙って,若者たちが流れ込む仕組みがあるという問題なのか。
    答:そういう情報を共有しているので,首都圏でも噂を聞いて辞める人もいるし,ニュースになるだけで宣伝になってしまう。
  • 問:規制をかける主体のスケールと規制の対象についてどのような考えを持っているか。
    答:藤沢と鎌倉が違う規制をかけていることが問題であると感じる。
  • 問:健全化とは何を問題にするかで変わってくるが,セクシュアリティは入ってこないのか。
    答:その問題は中核にある風紀の乱れだと思う。水着の状態で密着するということは不健全である。セクシャリティの強調が行われ,男性を呼び込むための宣伝が行われている。
  • 部会代表コメント:社会的逸脱行為を空間的にどう管理するかということと,それをスケールでどう封じ込めるのかという聞こえ方がしたが,スケールを整理棚のように方法論的スケールで間違って使ってはいけない。スケールを分類の指標で用いるのではなく,英米の議論では存在論的意味のスケール自身の意味を持ち込むわけであって,今日の発表も広域で考える必要があり,場所性の問題ともかかわってくるようになる。

<司会所見>

最後のコメントにもあるように,自治体間の取り組みの差異がもたらす要因などを詳細に分析していくことで,スケールに意味を見出すことが可能となり,場所性の問題にも繋がっていくことが可能となる。法制度や政策,まちづくりを越え,身体性をめぐる監視の問題や,セクシャリティの問題など多くのテーマを有しており,活発な議論が行われた。政治地理研究部会が扱うテーマの方向性としても多くの可能性を示唆する報告・議論であった。

(参加者:13名 司会・記録:高崎章裕)