政令市のガバナンスとコミュニティ改革―大阪市と名古屋市との比較から
開催日 | 2011年12月17日(土)午後2時~5時 |
---|---|
会場 | 新大阪丸ビル本館303号室 大阪市東淀川区東中島1丁目18番5号 TEL:06-6321-1516 |
<研究発表1>
ローカル・ガバナンス及び「地域」の主体としてのNPO・ボランティア団体-名古屋市の地域防災を事例に
発表者:前田洋介(名古屋大・院)
<要旨>
本報告は、NPOやボランティア団体の主体的な動きによる、公的課題に対するガバナンス型の取り組みの特徴と可能性について検討する。事例として、防災や災害に関するNPOやボランティア団体が、行政を含めた多様な主体と連携しながら展開している、名古屋市内の地域防災活動を取り上げる。
名古屋市におけるガバナンス型の地域防災の歴史は、1995年に遡る。阪神・淡路大震災以来、全国の被災地の支援とともに、そこで得られた知識・情報を「地元」である愛知/名古屋に還元しようとするNPOが名古屋市に設立された。その後、同NPOの働きかけもあり、2002年に名古屋市が市民を対象とした災害ボランティアの養成講座を開始して以降、講座受講生を中心に、「地域」に密着した防災活動を模索するボランティア団体が区を単位として設立されていった。そして2006年には、これらのNPOやボランティア団体により、地域防災に関する、行政を含む多様な主体からなる連携、すなわち防災ガバナンスが制度化された。この防災ガバナンスは、NPO等が独自に入手した知識・情報を地域防災に反映する実行力のある制度的枠組みとなっており、また、名古屋市を単位としているが、NPOなどの全国レベルのネットワークや、全国の被災地と結び付くといった地理的特徴を持っている。
こうした枠組みのもとで展開されている「地域」での日常的な防災活動は、区を単位とするボランティア団体を中心に実践されている。しかし、これらの団体は、町内会などのように、空間的に遍く活動を展開する枠組みは持っていない。そうした中、ボランティア団体のメンバーや行政等の行事などを媒介に、他分野のボランティア団体や地縁組織等と結び付くことで「地域」との接点を構築し、活動を展開している。ただし、このような「地域」での実践は、活動の地理的不均等の問題も内包している。
以上の事例から、様々な課題はあるものの、NPOやボランティア団体が主体的にガバナンスの枠組みを構築し、公的課題に取り組む主体となり得ると言える。また、こうした枠組みに基づく実践は、行政区域(自治体等)―小学校区(地縁組織の連絡協議会等)―町丁目(町内会等)といった、既存の地理的・制度的階層構造に準拠しつつも、それには収まらないダイナミズムを有している。
<研究発表2>
橋下徹氏の「大阪都」に身をゆだねない「市民自治」を求めて
発表者:西部均(大阪市政調査会)
<要旨>
橋下氏の大阪都構想は、グローバルな都市間競争に勝つため大阪の統治機構改編を行う。彼は体制変革こそが政治家の仕事と主張し、広域自治体と基礎自治体の役割を明確に区分するため、政令指定都市を廃止解体する。そして広域機能を大阪府に吸収させ、住民サービス機能を特別区に割り振り、区長・区議会議員の公選により住民自治を強化する。「強い広域自治体」の稼ぎ出した財源で「やさしい基礎自治体」の住民サービスを充実させるという。
しかし問題は多く、経済成長を保障する斬新な産業政策は何一つ掲げず、大阪市資産売却収益による大規模公共事業で失敗すれば「やさしい基礎自治体」の財政崩壊は免れない。しかも、大阪市民の住民自治の基盤さえ掘り崩しかねない制度改変になる可能性がある。
モデルとなる東京都制は都と区の関係が分かりにくい自治制度である。東京23区は60年間も自治権回復交渉を続けている。大阪市民も同様の権限・財源・発言権を喪失しかねない。特別区は都市計画・上下水道・消防など一般市がもつ権限すら失う。また都市計画税・固定資産税・住民税などの一般市財源を4割も都に収奪され、都事業費として広く都内に配分される。東京23区よりはるかに税収の少ない大阪特別区の財政は窮状極まる。人口比で東京23区は都の7割に対し大阪市は府の3割であり、都議会議員定数もこれに従うから、議会における大阪市域への政策関心も希薄化する。他方、区議会議員数は大阪市議会の最低3倍に増加するが、その予算はなく無報酬の名誉職議員が取り沙汰される。それでは議員が特定社会階層に限られる。特別区政は大阪維新の会の宣伝とは裏腹に、これまで以上に住民意思を反映できなくなる懼れが強い。権限簒奪のうえで住民自治を充実させる政策策定は区長と区民の責任、と突き放す狡猾さが看て取れる。
現行の大阪市住民自治制度も不十分であるが、それでもその3本柱(小学校区の地域協議会、24行政区の区政会議、区役所の権限強化)を軸に、改めて住民による参加民主主義とは何かを丁寧に議論するほかない。キーワードは補完性の原理になるが、下級政府では非効率になる事業に上級政府の介入を認める原則にどう制約をかけるかが課題である。議論を深め住民自治の自由な広がりが見えてきた時、大阪都構想がいかに横暴に自治権を限定し押し込める仕組みであるか明らかになるだろう。
<質疑応答と司会所見>
本研究会は、2011年11月27日に実施された大阪府知事・市長同日選挙の争点でもあった大規模政令市のガバナンスとコミュニティの改革をテーマとし、同日選挙の舞台となった大阪市と、橋下氏と連携する河村たかし氏が治める名古屋市の事例を検討した。前田氏は、名古屋市における地域防災の主体と活動の空間性を実証的に分析し、西部氏は労組系シンクタンク研究員という立場から大阪都構想が住民自治を崩壊させかねない問題点をはらむことを指摘した。質疑の焦点の一つは大阪都構想が目指す政令市解体と道州制との関係や、都市内分権としての行政区再編の問題点といった制度に関するもので、もう一つはよりミクロな都市ガバナンスの胎動、つまり大都市における住民やボランタリー・セクターを軸とする住民自治やガバナンスの新しい取り組みについてであった。また「ガバナンス」をどう定義するかという理論的議論もなされた。テーマの時事的性格からか、地理学外の参加者も散見され、活発な質疑応答からも聴衆の関心の高さをうかがわせた。ただし、二つの発表がボランタリー・セクターでの参与観察を含む実証的研究と、政見や制度に対する批判的論考という異なった視点から構成されており、名古屋・大阪両市の事例を対比して大都市制度や住民自治の在り方を考える議論には展開できなかった点は司会の力量不足である。いずれにせよ、日本の地理学ではローカルな自治やガバナンスに関する研究は少なく、市町村合併研究を除けば地方制度に関する研究も低調である。これら社会的には喫緊のテーマへの地理学的アプローチの練磨は急務であろう。
(出席者22名、司会:山﨑孝史、記録:今野泰三)