地方分権下の地域産業政策形成における政府間関係の意義と役割―四日市市・北上市の企業立地促進法の対応を事例に
開催日 | 2016年11月12日(土) |
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会場 | 京都大学吉田南キャンパス 〒606-8501京都市左京区吉田二本松町 |
<講演>
地方分権下の地域産業政策形成における政府間関係の意義と役割―四日市市・北上市の企業立地促進法の対応を事例に
<報告者>
佐藤正志(静岡大学)
地方分権の進展や平成の大合併に伴う広域化に伴い,地方自治体は独自の政策形成を担う主体として期待されている。一方で,これらの策では地方自治体の機能と領域再編が同時に進行している。こうした中で,地方分権下における自治体の政策区域設定と共に政策形成能力の向上にかかる議論が不可欠となる。
この点について従来の研究では政府間関係という側面について議論されてきた。しかし,都道府県(広域自治体)と市町村(基礎自治体)の関係が十分な議論されていない点や水平的政府間関係における競争的側面の論究が少ないことが示される。また地理的な課題として垂直的・水平的関係の変化を受けて,政策の対象となる地理的範囲の変化に関して議論が少なく,リスケーリング等の近年の議論を踏まえれば,地方分権下において地方自治体による区域設定の過程やその要因を明らかにすることが求められる。
以上を踏まえて,本報告では①政策形成過程における政府間関係の変化が政策内容にもたらす影響,②地方自治体(都道府県・市町村)による政策対象区域の地理的範囲の設定とその理由の解明を目指した。対象とする政策として,2007年から実施された企業立地促進法を取り上げた。企業立地促進法は①地域産業政策において,県や市町村が政策立案から運営まで担う,②税収や雇用などの側面で,自治体間の競争・協調の両関係がみられる,といった政府間関係を捉える上での利点があげられる。また対象地域として,先駆的に計画を策定した三重県四日市市を中心とする三泗地域および岩手県北上市を中心とする北上川流域地域を取り上げた。
まず,企業立地促進法の全国的な策定状況を見ると,2007年7月の第1号同意以降地方圏を中心に先行して基本計画の策定が進んでいるのに対して,大都市圏は後発で策定が進んでいることが示される。また,基本計画での対象区域設定は東日本では「1県地域分割型」が多いのに対して,西日本では「1県1地域型」が多い。一方,単独市型や広域連携型は後発で出現し,大都市圏を中心に見られた。これらの状況から,企業立地促進法の基本計画は,従来の地域産業政策と同様に地方圏が先行する形を取ると共に,都道府県が区域設定の単位として設定されている傾向が示された。
全国的な動向を踏まえて,第1号同意を得た三重県四日市市および岩手県北上市の基本計画策定における政府間関係について確認した。両自治体の垂直的政府間関係を見ると,いずれも企業立地促進法の法案段階から,省庁や都道府県との間で政策情報を入手しており,法律施行前から計画の策定を始めていた。基本計画の内容についても,2000年代初頭に各自治体で独自に策定した計画をベースに,短期間で新事業を含めた計画としていた。この背景には,両自治体とも過去の地域産業政策形成において県と共同で計画策定を進めた点や,省庁との人事交流を継続的に実施してきたという従来構築してきた政府間関係を利用した点が大きく働いている。
これに対して水平的政府間関係では,四日市市においては周辺町村と基本計画区域を形成しているが,政策内容は四日市市の計画案が大きく反映されている。一方で北上市では周辺の市町が策定していた内容が反映される基本計画を策定した。両地域での差異が生まれた背景には,構成自治体間での政策形成能力の非対称性がある。三泗地域では四日市市以外の町が計画策定にほとんど関与していないが,北上川流域地域では同規模の市がそれぞれ独自の政策形成を進めてきた経過があり,協力と差別化を図ろうとする相互調整を自治体が図ったことが計画策定の過程に影響を及ぼしていた。
以上のように計画策定における政府間関係においては,中心市と県が政策形成の中心的な立場にあることが示される。しかし,基本計画の区域設定においては両地域とも過去の地域産業政策の区域設定とは合致せず,いずれも広域化していた。この背景には,対象とする産業の広域化への対処に加えて,過去に設定された広域市町村圏や振興局といった単位を,県が基本計画区域として重視した点が大きく働いている。また,北上川流域地域のように,県が各自治体の計画調整や取りまとめといった機能を新たに担っていることも明らかになった。これらの点を踏まえれば,基本計画の内容とは異なり,区域設定においては中心市よりも県が強い権限を持っていると判断できる。
以上を踏まえれば,地方分権下の政策形成においては,県が広域・連絡調整といった機能を生かして計画策定に強い影響力を持っていることが示される。一方で,市町村は一部の政策形成能力を持った自治体が主導的な立場を取っているが,県との協力体制を取ることが計画策定において求められる。こうした中で地方自治体である都道府県と市町村の関係が,地方分権下での政策形成において今後検討すべき課題になると考えられる。
<コメント>
山﨑孝史(大阪市立大学)
佐藤氏は現在『ローカルガバナンスと地域』という書物を編集中であり,私も寄稿している。私がそこで検討しているリスケーリング論との関係からは,佐藤発表と私の明日の発表を聞き比べていただくと理解を深めていただけるかと思う。
佐藤発表は,地方分権下の地方都市が企業立地促進法の施行にどのように対応したかを,詳細な事例の分析から明らかにしている。それについていくつか論点を提示したい。
第一に,地方行政の地理学的研究において,政府間関係という点でどのような規範的アプローチがありえるのか。単に実態記述に終始するのか,それともどのような垂直的・水平的関係が「望ましい」と考えるのか,言及された事例から示しうるものがあれば,ご教示願いたい。
第二に,地理学的研究として政策形成・運営における区域設定の問題が言及されているが,日本において地方分権が強調される構造論的文脈の中で,どのような統治機構再編が企業立地促進法に関わる区域設定の中で指向されているのか。そうしたリスケーリングの観点から論じうる側面はないのだろうか。
第三に,企業立地促進法の参加主体として「多様なアクター」に言及されているが,「企業立地」に関わるがゆえに企業側の意向が影響すると考えられるが,企業はどのようにアクトしたのだろうか。
第四は,企業立地促進法の基本計画における区域設定の状況を全国的に俯瞰した地図を見ると,西日本で1県1地域型,中部・東日本で1県地域分割型が卓越し,明確な地域性を示しているがそれはどうしてなのだろうか。地理学であればそういう差異が説明できると興味深いように思われる。
最後に,区域設定の問題に立ち戻ると,産業集積や企業活動の状態によって区域設定がなされると考えられるが,集積論的に言うとそうした企業連関は自治体や設定された区域を超脱して展開している可能性があり,広域化する区域設定がどのような意味を持つものなのか,調査から確認された点があれば,ご教示いただければと思う。
<討論のまとめ>
その後の討論では,産業政策に関わるスケール論について議論が行われた。まず,報告者からはコメントに対するリプライとして,今回の産業政策については都道府県の役割が中心であったが,これについては福祉政策などの他の分野とは大きく異なる点であるとされた。その一方で,産業政策については企業立地の視点から考えると単独の都道府県だけで展開されるものではないため,都道府県の権限を大きくすることには限界も生じることも指摘された。広域連合や道州制に準ずるような区域設定,さらにグローバルな視点での政策の必要性が示唆された。
質疑応答では,ヨーロッパにおけるEUという超国家レベルを踏まえたスケール(リスケーリング)におけるモデルをどのように日本の実態に当てはめればよいのかということについて,法的,政治的,財政的枠組みの変化も踏まえつつ,ヨーロッパと日本のモデルをブリッジングする枠組みの必要性が示唆された。
また,地域産業政策の中で,大手企業についてはグローバルな展開の中で,都道府県の役割に限界がある一方で,地域産業政策というからには中小企業政策をどこまで考慮に入れるかという観点が重要であり,それこそ都道府県の役割が重要であることが示唆された。実態としては,四日市市の事例では県よりも市町村が主体となっている一方で,北上市の事例では企業連合が関与しており,状況が異なっているとの説明がなされた。
そして,産業立地に関する政策が主管の経済産業省と土地利用に関する政策が主管の国土交通省で省庁間の連携ができていないことから,産業立地と土地利用の問題を統合的に政策判断するのが地方政府の役割であるとの意見に対して,報告の2事例については双方とも商工系の部署が主導しており,連携ができていない実態が説明された。
今回は地域産業政策に関わるリスケーリングの議論を念頭に入れた研究会であり,さまざまな視点から報告やコメント,意見が出て有意義な議論となった。コメントや質疑でもあったように,産業政策と他の政策ではスケールに関わる実態が異なっているため,今後は福祉政策や環境政策など他の政策分野でのリスケーリングに関する議論を行いたい。
(参加者:21名 司会:畠山輝雄)